同社が行ったビジビリティを高めるための活動は、誤ったメッセージを伝えるとブランド・アイデンティティを表すことができないという危険を提示しているものである。
60年代に設立されたBは、若々しさ、文化の多様性、人種間の調和、世界平和を伝えるという筋の通ったアイデンティティでスタートし、長い間その方向性を維持してきた。
84年にユナイテッド・カラーズ・オブ・Bのキャンペーンが始まり、世界の700○以上の店舗で雑誌『C』を顧客に100万部配布することを含めた印刷メディアの利用、F1のスポンサー、強力なストア・コミュニケーションなどを展開した。
そのキャンペーンは、はじめは大成功を収めた。
その結果、B商品の売上高は急速に伸びた。
Bのアートディレクター、O・Tは、非常にクリエイティブで、才能豊かな写真家でありアーティストである。
彼は数年間にわたって、Bのブランド・アイデンティティとは一線を画した彼独自の宣伝スタイルを開発した。
彼は、死にいくエイズ患者、ハンサムな神父にキスをする尼僧、「HIV陽性」というスタンプが押してある赤ん坊のお尻など、Bのコミュニケーション・キャンペーンに新しいイメージを打ち出した。
パブリシティとビジビリティという面では大成功を収めた。
Tの作品は、Bがこれまで確立してきたブランド・アイデンティティの延長線上にあるものではなかった。
ブランドを構築して、売上げを伸ばす代わりに、ターゲット市場とBの小売業者にそっぽ向かれてしまった。
その結果、売上げは横ばいとなり、ブランドはダメージを受けた。
Bにとって二番目に大きな市場であるドイツでは、G&Yによって92年と95年に独自の市場調査が行われた。
その調査によると、ある部分、物議をかもした印刷メディアによるキャンペーンのおかげで、他の衣料品ブランドよりもBヘの認知度が高まった。
競合他社のブランドに比べて好感度が下がったことが示された。
ドイツでは600社ほどの小売業者がBの商品を店頭に並べていたが、95年に、そのうちの数社が連帯してBの商品をボイコットした。
この小売業者グループは、94年における売上高の減少は、このキャンペーンがその理由の大部分を占めていると訴えた。
ドイツの最高裁判所は、物議をかもすような広告に対して最終的に反対する判決を言い渡した。
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